「えんにち」「のり・と」川副の新拠点に見る、場所・もの・人の幸福な関係

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  •   BY  伊藤恵子 主婦ライター・旅に出たい在宅ワーカー

佐賀市川副町で開催されている『Kang Kamo 点と線 二人展』。韓国出身で川副在住のカン・イルグさんと、東京生まれで唐津育ちの加茂賢一さん、個性の異なる二人の作家が、二つの会場で作品を展示している。

会場あ「えんにち」は「ひととひとと」、会場い「のり・と」は「いきものの」がテーマ。作風は違えど、あたたかいまなざしと自由な感性という共通点を持つ二人。新型コロナウィルスの感染拡大で閉塞感が強まる今だからこそ、ぜひ作品を鑑賞してほしい。

「えんにち」は木造二階建ての古民家を改築したコミュニティスペース、「のり・と」はノリ工場の倉庫および家屋を改装したアーティスト・イン・レジデンスの拠点。それぞれ2022年3月26日、4月16日にオープンした。

建物そのもの・場所そのものの持つ価値に着眼し、施設のオープンに中心的な役割を果たしたのが浦川広子さん。オープンまでの経緯をうかがった。

人が自然と集う場、「えんにち」の誕生。

木造建築の二階の天井はくり抜かれ、茅葺きの屋根裏を眺めることができる。「ここを訪れた人にどうしても見てほしくて」と浦川さん。先人の手仕事を目の当たりにすることで、作った人たちの強い意思が伝わってくるという。

初めてこの家を訪れた日のことを、浦川さんは鮮明に覚えている。戸を開け放つと、大きく筆書きされた「道」の字が目に飛び込んできた。

「合気道とか空手道の『道』の、強い感じとは違うんです」と浦川さん。のびやかな線と丸みを帯びた形に、雨上がりのかたつむりが薄墨で描かれているかのように感じた。

「人生の大きな荷物をしょっているけど、ゆっくり歩んでいいんだよ。そんなメッセージに受け取れました」。

この家との出会いは、長く過ごした韓国を離れ、母の故郷の佐賀県に移住した3年ほど前。イラストレーターで夫のカン・イルグさんのアトリエとなる物件を探している最中だった。

不動産会社で「売地」として出ていた物件は、川副町小々森708-3、広江と通称される地区にあった。実際に行ってみると、意外にも大きな古い家が建っている。中は大量の家財に埋もれていた。オーナーは日本画や書、落款に親しんでいた人物。感性が相通じると直感して、浦川さんは購入を決意した。
「家には人格が表れるでしょう。住んでいた人の時間の過ごし方が、そのまま残っている。本を読んだり、唐の時代の書体を研究したり、といった時間の過ごし方をした人なのだと想像しました」。
自身も、伝統工芸の韓紙(ハンジ)を学ぶため韓国に留学し、翻訳や文化芸術に携わった知識人。人と場所との不思議な縁に、心が躍った。

家に残された荷物を片付けるうちに、近所の人びとから、この古民家に関する思い出を聞くようになった。

「この家に住んでいた先生に習字を習ったよ」「娘も習字に通っていた」「お茶講もあっていた」。

近くの神社(八大龍王宮)に参詣するときも、皆がこの家の前を通る。地域の人びとの思い出がつまった建物を、「個人のアトリエとして使うよりも、地域の共用スペースにすべきだ」と思い始めた。

地元の有志が集まって、2020年3月に「広江商店街」を結成。掃除と片付け、ペンキ塗りや障子貼りをいろんな人が手伝ってくれた。ノリの佃煮や野菜を差し入れてくれる人もあった。伝手を頼って宮大工を呼び、家の傾きを解決してもらった。
共用スペースとして生まれ変わらせるために、佐賀市の「まちづくりファンド活用事業」に申請した。一般住宅としてではなく公共の場として使うためには、用途変更の手続きが必要。また、消防法や建築基準法の基準に合う改築が求められるが、建物が古いだけにハードルは高かった。誰もが利用しやすい施設にするために、出入り口やトイレの段差解消を行う必要もあった。

手続きをひとつずつクリアして市の事業に採択され、設備も整って、「えんにち」は2022年3月末のオープンを迎えた。

取材中、広江地区の人が「えんにち」にやって来て、浦川さんと話に花を咲かせていた。「えんにち」から一歩出ると、近所の友人と鉢合わせしてまたおしゃべりが始まる。浦川広子という一個人の持つ風通しの良さのようなものが、今の「えんにち」に付与された個性なのかもしれない。

空間そのものにメッセージがある

江戸時代に建てられ明治から4代が住み継いだといわれる「えんにち」の建物は、さまざまな時代背景を観察できるという。

「部屋によって天井が高かったり低かったりするのは、侍の住居であったことを物語っていると思います。槍を置く部屋では天井を高くし、茶室のような用い方をする部屋では、抜刀できないように天井を低く作っている。その一方で、大正・昭和時代のガラスや建具もあります」。

古いものがたくさん詰まった建物を、「懐かしい」と感じる人もいれば、「古いけれど新しい」と表現する人もいる。

「ここを『ばっちゃんち』のようだと感じる人は多いようです。人はそれぞれ違う原風景を持っているけれど、『原点』『原動力』みたいなものは不思議なほど共通しているみたい。その実感が強くなるほどに、ここを残すべきだという思いが強くなる」。

『Kang Kamo 点と線 二人展』は二人の作家のコラボであると同時に、建物や空間とのコラボ、そして訪れた人たちとのコラボだ。

アートに詳しいわけではないけれど、と前置きして浦川さんは語る。

「今は、アートに境界がなくなってきている時代。韓国ではイラストやキャラクターがアートになる・仏画がポップアートになるという事象が見られた。美術館に限定せず、いろんな場所でアートを展開していくことで新しいものが生まれていくはず」。

6月には酒器展を開催する予定だ。

「世界中にお酒があるし、酒器がある。日本の酒器は、盃がどんどん小さくなっていくなど、独特の経過をたどった。ひとつの盃にも景色がある。昔は大家族だった上に、近所づきあいがあって、法事や寄合など人が集まる機会が多かった。今とは違う酒の文化を背景に、職人たちは手仕事で大量の酒器を作ることを求められた。器の売れない今の時代とはまったく違う作陶風景がある。お酒の文化と酒器の物語が伝わる展示にしたい」。

落語家か講釈師を呼んで、お酒にまつわる話を演じてもらうことも考えているという。

創る・住む・見せる・交わる場、「のり・と」。

『二人展』の開催と同時にオープンした「のり・と」は、アーティスト・イン・レジデンスの拠点だ。ノリ工場の倉庫と家屋を改装した。

家屋はアーティストの住まい兼アトリエとし、NORITOR1、NORITOR2と名付けられた二つの倉庫は、展示と公演、交流のスペースとした。

まずは家屋を紹介したい。昭和らしさを残しつつ、照明器具を新調するなどして現代らしい空気を呼び込んだ。

建物奥、右手にある台所は土間になっており、アトリエとして使う和室と続いている(左下の写真)。廊下を挟んだ反対側には、広縁つきの和室(右下の写真)。廊下の突き当たりにある洗面所や風呂場はタイル張りの懐かしい雰囲気を活かし、トイレは使いやすく改装した。

2階にも2部屋があり、そのうち一方は現在、カンさんのアトリエとなっている(左下の写真)。

「いきものの」をテーマにした作品は、NORITOR1で展示されている。

現代を生きる画家たちの感性が古い建物の壁で呼応している。

この空間で展示できるジャンルは、絵画に限定されない。大型の彫刻作品やインスタレーションも展示可能だ。

「建物の中が広いから、大きな作品や重い作品も搬入できる」と浦川さんは語る。

NORITOR2は今も整備を続けているが、NORITOR1よりさらに天井が高い上にスペースが区切られていないので、いっそうダイナミックな空間の使い方を期待できそうだ。

NORITOR1の奥のスペースでは、江戸時代から伝わる大きな長持(ながもち)をテーブル代わりに用いている。

「展示が行われる夕方までの時間帯はコーヒーのセルフサービスのスタンドにして、展示時間が終わったら、ここにみんなで集まってお酒を楽しむ。いいでしょう」と浦川さんは微笑む。

上の写真で浦川さんの背後につり下がっているのは、ノリの網をつなぐロープ。かつてノリ漁業やノリ加工で使われていた様々な道具をあえて保存している。既に用を果たしたそれらの道具類が、滞在するアーティストの感性に作用することもあるだろう。

川副のまちには、漁業や農業などの産業の軌跡と、人々の暮らしの軌跡が現在進行形で刻まれ続けている。

「川副という場所」、そして「川副ならではのもの」に「人」が交差することで、想像以上に愉快な化学反応が起こっていくだろう。

Kang Kamo 点と線 二人展 ~ひととひとと~

Kang Kamo 点と線 二人展 ~いきものの~