真夏の水戸、一日勝負! 立花文穂展と岩井俊雄展

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  •   BY  杉本 達應 プログラムが生みだすビジュアルをこよなく愛する、potariの旗振り人。

猛暑日を記録した2022年夏のある日に、水戸を一日で見て回った。水戸に来たのは、じつに10年以上ぶりだ。

弘道館へ

水戸駅近辺には史跡がいくつもある。そのなかから、もっとも駅に近い水戸藩の藩校・弘道館を選んで、歩いていくことにした。弘道館といえば、佐賀藩の藩校と同じ名前だ。兵庫にも弘道館があるらしい。

水戸城大手門にて

グーグルマップの案内にしたがって、切通しのような低い土地にある道を北へと進む。歩道には他にだれもいなくて不安になったが、無事にたどりつけた。弘道館に展示されていた古地図を見て、歩いてきた道が水戸城の空堀(からぼり)だったことに気づく。

弘道館のそばに土産物屋が一軒だけ佇んでいた。店内に入って、ようやく冷房のきいた空気を浴びて一息つく。この店は、観光地の土産物屋とは一風ちがっていた。店内に並ぶのは、拓本と笠間焼ばかり。どうやら店主が拓本の職人らしいのだ。店主のパートナーらしき女性が、拓本のことを親切に教えてくれた。この立地なら、飲み物やお菓子があれば売れるだろうに扱わないとは、なんともストイックなお店だ(ネットをみると繁忙期は売っているようだ)。あとから入店してきた家族連れは、品揃えを見るなりすぐに退散していた。

水戸芸術館へ

つづいて、水戸芸術館現代美術ギャラリーへ行く。前回、水戸に来たときには、水戸芸術館でなにかを見たはずだが、思い出せない。サイトのアーカイブによれば、ヨーゼフ・ボイス展(「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間」・2009-2010)だったかもしれない。

「立花文穂展 印象 IT’S ONLY A PAPER MOON」は、文字をテーマにした作品をつくる作家の個展だ。入り口で手荷物を入念にチェックされ、大きな手荷物はクロークに預けるように指示された。繊細な作品が多いので、作品に近づいたり壁に手をつけてはいけないと厳重に注意される。

会場内は、たしかに触れると破れたり倒れたりしそうな作品ばかりで、緊張して見て回ることになった。ほかにまったく観客がいないことも気になってしまう。監視員にマンツーマンで見張られているようで、よけい気が張ってしまった。

水戸芸術館のショップで、水戸芸術館の開館記念展「作法の遊戯―’90春・美術の現在」の図録を手にとった。ページをめくると、IAMASの恩師・関口敦仁さんの若き日の肖像があった。眼光の鋭さは変わらず、鋭利な刃物のようだ。

ここで昼休み。あとで調べてみたところ、近くに百貨店などがあったようだ。しかし、暑い街へ繰り出して店をさがす気力はなかった。幸い芸術館の敷地に中華レストランがあったので、そこでランチをいただいた。ここもギャラリーと同じくまったく客がおらず、貸し切り状態だ。お店がもつのだろうかと、いらぬ心配をしてしまう。

茨城県近代美術館へ

さいごに、茨城県近代美術館へ移動する。「どっちがどっち?いわいとしお×岩井俊雄-100かいだてのいえとメディアアートの世界ー」は、絵本作家としての「いわいとしお」と、メディアアーティストとしての「岩井俊雄」の二面で構成される展覧会だ。いまや絵本作家として有名な岩井俊雄が、メディアアーティストの岩井俊雄と同一人物であることを知らない人もいるらしい。静まり返っていた水戸芸術館とは打って変わって、こちらは夏休みの家族連れでにぎわっていた。

展覧会には、子ども時代の工作ブックや、子育て時代に娘のために手作りしたおもちゃなど、これまでに手がけたあらゆる創作物が並んでいる。これだけの物量を丁寧に保存できる家庭環境と、保存にかけるかたい意思に驚かされた。

絵本作家としての代表作『100かいだてのいえ』シリーズは、縦長で構成するというアイディアから、造本までを緻密に計算して作られていることがわかる。絵本のものがたりよりも、その構造に関心を抱いているところが、子ども時代のアイディア工作の延長のようだ。

岩井俊雄の作品に感化されてきたわたしにとっては、本展のメディアアートの部がメインパートだ。メディアアーティストとしての代表作《時間層II》(1985)は何度見ても感動する。第17回現代日本美術展で大賞を受賞したことを伝える新聞記事を見て、筑波大学出身という地縁から、茨城県の美術館でこの展覧会が企画されたことがわかった。

残念ながら図録はなし。岩井俊雄が2011年に伊豆に移住していたことをはじめて知った。

ふたつの展覧会を見て

ふたつの展覧会では、ともにそれぞれの作家の出自(ルーツ)が強く押し出されていた。立花文穂展は、父親が営んでいた製本所、出身地・広島の戦争の記憶がクローズアップされる。岩井俊雄展は、電気技師だった父親、「おもちゃはもう買いません」といった母親、メディアアートの先駆的教育機関だった筑波大学の総合造形コースが打ち出されている。こうした個人の来歴は、作品や制作のスタイルを形作っていると作家本人が言及していることなので、無視することはできない。出自を知ることで、作品の理解を深めることができる。

ただし、作品と作家の人格は分けて観賞したいという向きもあるのではないか。たしかに著名人の出自を探るのは、NHKの番組『ファミリーヒストリー』のように面白いコンテンツだ。しかし出自の表明によって、わかりやすいストーリーを作ったり、偏った見方を誘発したりするおそれがある。そのため、とくに存命作家の展覧会の場合は、出自の提示は慎重にしたほうがよいかもしれない。件の番組だって、血筋や家柄による差別意識を維持しようとする危険なコンテンツでもある。だれもが出自を表明するのが当たり前の社会になることで、かえって生きづらくなる作家や人もいるはずだ。

今回、たまたまふたりの作家の個展を同じ日に見たので、方向性の違いを強く感じることができた。立花文穂はグラフィックデザイナーとしても活動しているが、作品をみると紙や文字、印刷技術に魅せらながら、表現のコンセプトを重視するアーティストであることがよくわかる。一方、岩井俊雄はメディアアーティストと呼ばれるが、じつはデザイナーのほうがしっくりくるのではないだろうか。展示最後のパネルに、岩井はつねに「誰かをよろこばせたい」と気持ちをつづっていた。見た人のワクワクを引き出すことに喜びを感じる姿勢は、アーティストというよりもデザイナーやマジシャンに近い。

両展覧会とも写真撮影禁止だったので、写真はなし。ともあれ、ふたつの良質な展覧会を一度に見て回ることができ、充実した一日になった。水戸駅のサザコーヒーに立ち寄り、コーヒーゼリーで涼んで、帰路についた。この日は暑すぎて、街なかをゆっくりと歩き回ることはできなかった。偕楽園はまた今度いくことにする。