岩永英子 木版画の光のシャワーを浴びる

2018年10月9日から14日にかけて、ギャラリーシルクロで岩永英子の初めての木版画展が開かれた。岩永は佐賀出身で、女子美術大学洋画専攻版画コースを卒業。大学在学中に職人に憧れ、2011年鍋島段通の織元で織師として約6年間勤務し、現在はフリーで活動中だ。

最終日の午後、子ども2人とギャラリーシルクロに足を運んだ。シルクロは、松原川をはさんで佐嘉神社の向かいにあるギャラリースペースで、2階に居を構えている。急で暗い階段を上がると、柔らかい雰囲気の空間が広がる。入口の左右には、アート関連商品とりんご(生の!)を販売していて、左手奥にはカフェスペースが設けてある。

カフェスペースを横目に少し進むと、ひと部屋の展示スペースがある。入口付近の小さな壁には、全体がうすい茶色の印象で、うす桃色の50センチ四方位のトゲトゲしたものが掛かっている。《報せを織る》という題のそれは、よく見ると茶色の紙紐を縦糸と横糸にして、そこに新聞紙を縒(よ)った糸を結びつけて織っているものだった。

トゲトゲは紙で織った段通だった。段通と分かると、トゲトゲから柔らかく、暖かなものに見えてくるから不思議だ。「その時々の新聞が段通になって敷物として保存され、上に寝転がると自動で頭の中に読み取ることができたりしたら面白いのになぁ」なんて空想をしながら左手を見る。

展示スペースの三面の壁には、大小さまざまな抽象的な形の版画が掛かっている。やさしい色使いの作品たちで、部屋の真ん中に立つと、額縁という窓から差し込む柔らかい光の中にいるような印象をうけた。

窓には、柔らかな桃色の中に胡桃(くるみ)を割ったような半円が大きく転がっていたり、蓮子(はす)の実の抜け殻みたいなもの、格子窓の外に広がるたくさんの十字たちなど、色も高さもさまざまだ。

なかでも、うすい山吹色の雪だるまみたいな形で、背景が若草色の作品が気になった。それが「とても良い香りのする洋ナシ」に感じられたからだ。まるで香りが漂ってきそうだ。しかしそれは洋ナシではなく、作者によるとひかりをイメージしているとのこと。ただ、見る人の感じ方も作品の一部だと考えているので、何を表現しているかについてあえて強くは言わないそうだ。

一緒に来ていた上の子と何に見えるかと作品鑑賞を始めた時、下の子が売り物のりんごを食べ始めてしまった(お金も払わずに!)。つやつやで真っ赤で、美味しそうなりんごだったので、つい手が出てしまったのだろう。

私たちは、カフェスペースでりんごを丸かじりすることにした。するとギャラリーの常連さんと思しき紳士から声をかけられた。キッチンカウンターに活けてある、緑のレモンのついた一輪挿しの枝は、自分が持って来たと笑う。私たちはしばらく楽しく談笑した。コーヒーの香りのなか、子どもの食べ残しのりんごを食べつつ、「緞通」と「りんご」と「レモン」の漢字を書けるようになろうとぼんやり思った。佐嘉神社の楠が風に揺れているのが窓から見えた。

※りんごはこの季節限定で置いてあるもの

岩永英子(Instagram)

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