2021年10月16日(土)、21_21 DESIGN SIGHTで行われている「ルール?展」のオンラインイベント、「ルール?展」のルール更新会議 「開かれた展覧会とは何か?」が開催されました。同展のディレクターである田中みゆきさん、菅俊一さん、水野祐さん、モデレーターとして会田大也さん(山口情報芸術センター)4名が出演しました。
新型コロナウイルスの流行以降、オンラインで開催されるイベントが増えています。対面のやりとりを控えるためですが、会場が遠く現地に行きづらい人にとってはありがたいです。私を含め地方で暮らす人は、新型コロナウイルスが収束してからも配信イベントを続けてほしいと感じている方は多いのではないでしょうか。
「ルール?展」は、法律、規則、習慣、自然法則など幅広い「ルール」をテーマに、新しいルールの見方、つくり方、使い方などを多角的に考える作品が展示されています。(開催概要:http://www.2121designsight.jp/program/rule/)
ここでは、オンラインイベントに参加して明らかになった、「ルール?展」が直面する課題とその対応への議論をレポートします。
想定外の反響
はじめに、展覧会の現在の状況が共有されました。2021年7月2日から始まった「ルール?展」は、開催から1ヶ月ほどたった頃に、展示の様子を撮影した動画がSNSで拡散、いわゆる「バズった」ことによって予想を超える来場者が訪れ、会期の途中から事前予約制に切り替わるなどの対応がなされています。これは想定外の出来事であり、行列のできた会場の様子やディレクターの方々の戸惑いなど、SNSを通して私にも情報が入ってきていました。
キュレーターの田中さんは、「今日ではミュージアムを“ひらく”とよく言われるが、バズりによる反響を目の当たりにして、想定していた“ひらく”ことの幅が狭かったことに気づいた」と話します。法律家の水野さんは、多くの人が来場している現状を受けて、本来よしとされている「静かな環境で鑑賞すること」が果たして作品を一番作品を体験できているといえるのか、と鑑賞体験のあり方について触れました。コグニティブ・デザイナーの菅さんは、「ルールをテーマにした時点で、果たして興味を持ってくれるのだろうか」と、そう多くの人は来場しないことも想定していたようです。想定外のことを可能性として捉えきれていなかった、始まってみないと何が起こるかわからない、と登壇者それぞれが口にしていました。
箱を取り巻く出来事
会場内では、大小ある無塗装の木箱を自由に動かして使うことができます。並べたり、映像作品をみる時に椅子として座ってみたり、来場者の意思で使用方法を選ぶ自由が与えられています。しかし、その箱と共に撮影した様子が拡散されたことにより、自由に動せるはずの箱が撮影スポットになってしまいました。人が多い時間は行列ができるほどで、ほかの人が自由に使えなくなったり、迷惑を省みないで撮影してしまう人がいて他の展示を見る人の妨げになったりと、当初想定されていなかった問題が起こりました。
投稿者のインフルエンサーと、「同じ構図の写真を撮りたい」という動機で撮影する人も多いようです。憧れの人と同じ状況・構図で撮影をすることや、それを発信する行為を楽しむ気持ちはわからなくもありません。しかし、そこは「美術館・ギャラリー」です。撮影したい人だけが集う空間ではないという前提が抜け落ちてしまっているように感じます。
ルールの変遷を振り返る
21_21のホームページには、展示概要や内容と合わせて会期中に追加されたルールが時系列で記録されたGoogleドキュメントが公開されていて、自由にアクセスし閲覧することができます。
(「ルール?展」オンラインドキュメント:https://rules-2121.github.io/document/ )
この展示ではコンセプトに則って来場者側にも情報がオープンにされていますが、実はこのような「ルールの更新」は、見えていないだけで様々な展示で行われていると考えられます。「来場者が増えたからスタッフを増やした」「作品に触れる人がいたのでサインを追加した」など、他の展覧会でも随時対応されていることが想像できます。ただ、「ルール?展」ではその変遷が時系列とともに可視化されることで、より来場者側にルールに対する当事者意識が生まれる仕組みになっています。すごい!
会期がすすむにつれ、「こんなルールまで設定しないといけないの?」と思わされる更新も少なくありません。作品が破損する・会場内を走る・大声で騒ぐといった状況に対して、「作品は大切に扱う」「会場は走らない」「周りの人に迷惑をかけない」という、ある意味当然のことまでルールにせざるを得なくなっています。「鑑賞」「体験」「遊び」それぞれの目的でやってくる来場者にとって、必要な環境は異なります。目的の異なる来場者が集まることで起きる衝突をできるだけ避けながら、「いろんなタイプの人がいるなかでも、イコールコンディションを保証しなければならない」と会田さんは指摘します。
「人が大勢集まることで、個人が匿名化してしまっている時がこわい」と田中さんが話していたのを聞き、ハッとしました。匿名性はインターネット上で有効なものと思い込んでいましたが、不特定多数が集まる状況であれば、リアルな空間でも匿名の人物として振るまうことができます。会場がにぎやかなほど雰囲気に任せて騒いだり、「みんな自由に撮ってるからいいや!」と少々マナーが悪くても撮影を優先してしまうかもしれません。こうした行動は、大人数の一部にまぎれた匿名性によって生まれているともいえます。
ルール更新? 撮影の是非について
会議の後半では、残り約1ヶ月半ある会期の中での新たに設けるべきルールについて、特に今回の事の発端となった写真や動画の撮影について議論が交わされました。
撮影を目的とする来場者に対し、田中さんは「制作陣としては、単純に写真の背景を作ったのかと思わざるを得なくなっている。見てほしいものが届いている感じがしない」と心境を述べました。対して水野さんは、撮影目的で来ているように見える人も、鑑賞を通して展示の意図を受け取っているかもしれないこと(そしてそれは本人にしかわからないこと)に注目していました。また、人が多いことを理由に足が遠のいている人もいるかもしれないが、予約システムなどによって「来れる仕組み」は担保していることを主張しました。
会場の照明についても話題にのぼりました。田中さんは、展示をなるべくオープンなものにするために、当初設定していた陰影の効いた照明から、全体が明るくパブリックな印象のものに変更しました。それを踏まえて「照明を変えていなかったら、バズってなかったかもしれないね」というやりとりがあったそうです。どちらが良い・悪いということではありませんが、「より厳かに作品を演出すること」「暗くすることで映える写真が撮影しにくくなること」など、照明によって来場者の行動を左右しうることにも言及していました。このことについて菅さんは、照明を含め人の行動を操作する「みえないルール」の設計は、慎重かつ丁寧に検討すべきだと指摘します。空間の演出次第で、印象だけでなく人の行動を変化させる力があるということには驚きです。
この会議では、視聴者からの質問やアイデアも受け付けていて、「本人のみ予約できるようにしてはどうか」「追加料金で撮影できるようにするシステム」などの意見が上がっていました。「撮影していい日・してはいけない日」など日程や時間で分ける対応も、ディレクター間で上がっていたものの、事前予約システムとの兼ね合いなど考慮しないといけない部分が大きいようです。撮影禁止にした場合、そのまま展示会期が終了するのは寂しいね……という声も上がりました。
菅さんは、撮影を規制するよりも、来場者同士が「横の関係」に気づくための仕組みをつくるべきだと提案しました。本会議内では撮影に関する方針は決定しませんでしたが、問題の本質は撮影そのものにあるのではなく、そこに付随するマナーやリテラシーのあり方であるという結論に行き着きました。
おわりに
この会議を通して、予想外の出来事に対応しながらも、より良い展示を実現させたいディレクターの方々の意志と葛藤を感じました。一方、今回の出来事によって、「ルールを考える」という展覧会の本質により近づいているようにも思えました。そもそも撮影を禁止していたら、これほど話題にならなかったかもしれません。今回はマイナス面となりましたが、「こんな写真が撮れるよ!」とアピールする美術館も少なくありません。展覧会における撮影のメリットとデメリットについて改めて考えることができ、美術館などの場所に限らず、自身が撮影するときの振るまいを見直すきっかけになりました。
「ルール?展」は、2021年11月28日まで開催しています。残りの会期で起こるルールの更新を見守りつつ、タイミングが合えば感染状況をうかがいながら、現地に行って確かめてみたいです。
おまけ:今回の配信で驚いたのが、話者の話す言葉がリアルタイムに字幕として表示されていたことです(くわしくは「UDトーク」で調べてみてください)。9月に開催された同展の別の配信イベントには導入されていなかったため、こうした取組みにも参加者の意見が反映されたのかもしれません。配信イベントは、参加する場所はひらかれますが、視覚と聴覚に頼ったものであることに気づかされました。
加えて、「ルール?展」の仕組みは「参加者とともに作り上げる」という点で、potariのレポートで紹介されていた書籍『コ・デザイン』の内容にも通ずる考え方だなと感じました。興味がある方は展示とあわせて読むと、それぞれより面白く理解できるかもしれません。(URL:https://potari.jp/2021/01/7027/)