ツー・バウンスでは、尋木昭帆と松延怜亜の2人展「同じ場所、違う眺め」を開催する。尋木と松延は本展以前にも2人展を2度開催しており、今回は過去に発表された作品(共作含む)と新作を再構成した展示である。
尋木は支持体として風景を用いて制作をしている。例えば《ビュー》では望遠鏡から見える田園風景が映し出される。その風景の中には顔文字のようなものが浮かんでいるのだが、やがて車に乗って人が現れ、その顔文字は片づけられてしまう。一連の光景を望遠鏡越しに眺める。見てはいけない様子を偶然見てしまったかのような気まずい緊張を感じさせる。尋木はこのように内的なプライベートなもの(情報であったり行為)の公共の空間への全面開示または一部を露出させることで風景を異化している。無機質にも見える外向けの化粧をした風景の中に、エアポケットのように突如として手触りの違う内的空間が表出することで、鑑賞者と風景そのものとの関係や親しみを変容させ、「みてしまったね」と秘密の共犯関係にもちこむ。
松延は他者の(物)語りに対するアプローチを試みている。《choreography》で松延は電車で前の座席に座っていた人物が会話をするときの手振りを動画撮影し、会話の内容から切り離して手振りだけを再現した。その手振りだけでは会話の内容まで推測することはできないが再現した手振りは所作として美しくトレースされている。しかし、オリジナルの語りにあるような体を使ってでも伝えたいという感情はどうだろうか?その中身は?彼女の試みは(物)語りに形態模写的に接近しようとする行為が、結果として同化の限界や不可能性を暗示する。しかしその一方ではそれでも他者に接近しようとすることを諦めずに、その意義や、方法、プロセスを模索しているようにもみえる。
今回の「同じ場所、違う眺め」で2人での展示は3回目となる。これはツー・バウンスの希望で過去作も一緒に展示してもらうことによって起こった結果でしかないが、この再構成は短いスパンの中で起きた展示の連なりの一時的なタイムラインを形作り、作品個別の鑑賞に加えて、その経過による微細な差異/作家同士の関係性の変化/作品の連続性/とりまく状況の変容など、すこしだけ長い目線で眼差すことが可能な空間になるのではないだろうか。そこから見えるものは同じように見えて、違うのかもしれない。