同じ時代に生きているからこそ見れたもの 「塩田千春展:魂がふるえる」森美術館

2019年9月の中旬に、佐賀大学芸術地域デザイン学部のカリキュラムの一つである「国内外研修」で東京に5日間行ってきました。研修中にたくさんの美術館や博物館に行きましたが、その中でも一番印象に残った「塩田千春展」についてレポートします。

塩田千春は、ベルリンを拠点に世界で活躍する現代美術家で、記憶・不安・夢・沈黙など、かたちの無いものを表現したパフォーマンスやインスタレーションで知られています。佐賀や福岡などに住んでいる方は、福岡アジア美術館で彼女の作品を見たこともあるのではないでしょうか。

今回の展覧会は、塩田千春の過去最大規模となる個展で、副題の「魂がふるえる」には、言葉にならない感情によって震えている心の動きを伝えたいという作家の思いが込められています。大型インスタレーションを中心に、立体作品、パフォーマンス映像、写真、ドローイング、舞台美術の関連資料などを加え、25年にわたる活動を網羅的に体験できるはじめての機会になります。

私が森美術館に行ったのは、研修2日目の昼すぎでした。ちょうど祝日で、会場入り口には50分待ちの看板を持った係員さんがいました。実はその日は、同じビルの東京シティビューで開催されていた「PIXARのひみつ展」の最終日だったようです。家族連れが多かったことに納得しました。待ち時間の長さに覚悟して長蛇の列に並びましたが、30分ほどで会場にたどり着くことができました。塩田千春展の会場入り口は意外と混雑しておらず、すんなり中に入れます。

会場に入ると、直ぐそこからはもう塩田千春さんの世界をじっくりと堪能することができました。特に印象に残った作品は、会場入ってすぐのインスタレーション《不確かな旅》という作品です。床から天井までびっしりと紡がれた真っ赤な毛糸たちは、近くを見ると絡み合う部分がよく見える一方で、遠くを見ると赤が濃くなって一本一本がよく見えなくなっていく。旅を連想させるのは、抽象化された黒の鉄枠でフレームがかたどられた船。遠近でグラデーションができていて、見る人によって様々な感想を生み出してくれそうな作品でした。ちなみに私はこの作品を見て、「人生の旅は真っ赤な運命の糸をたどって繰り広げられていく」感じがしました。

大型インスタレーションの圧倒的存在感や毛糸で紡がれた立体作品の繊細さなど、塩田千春の様々な作品は、どれを見ても自分の考えや意見が自然と生まれてきます。他にも鑑賞した方の感想を聞きたくなるような作品ばかりでした。鑑賞者同士で感想を語り合うことで、作者の思いに近づくことができたり、別の視点を知ることで鑑賞することの面白さが増えると思います。さらに、この時代にこの場所で展示された塩田千春のインスタレーションは、もう今後一切出会えません。そう思うとものすごく感慨深く、この点にインスタレーションの価値があるのかもしれないと思いました。だからこそ、同じ時に鑑賞した方の意見に触れることができるたら、より一層作品への考えが深まるのではないかと思いました。

祝日のため平日よりは混雑しているようでしたが、会場が広いので落ち着いて鑑賞することができました。20代から50代の女性が多くいました。

ただ私が気になったことがひとつだけ……。それは写真撮影についてです。比較的若い方に多い気がしましたが、作品よりもポートレートを撮影をする方を多く見ました。つまり、作品をかたわらに「映え」を狙った撮り方をしているのです。美術館は作品を見てほしいのに、作品自体に目も向けず、作品を撮ってしまう行為は残念に思いました。でも、撮影したいと思ったことから、作品を知るきっかけになることは、とても良いことかもしれないと思いなおしました。動機は何にせよ、たくさんの人に知ってもらえることが一番かもしれません。これに関しては賛否両論あると思うので、善悪をはっきりさせることは難しいと思いました。それと、人が多い時に写真を撮ると、他の人まで写り込んでしまいます。そんな写真をそのままSNSにアップしてしまうと、プライバシーの侵害になってしまうこともあります。以前私は、撮影可の美術館で、隣で鑑賞していた年配の女性から怒られたことがありました。その女性は、自分が写真に写り込んでいないか、そして、その写真がSNS等で拡散される可能性があることが不快だと言っていました。

今回の展覧会では、塩田千春の作品でインスタレーションの持つ力を体感することができたと同時に、写真を撮るときは気をつけなければいけないと鑑賞マナーを再確認できた展覧会にもなりました。

「塩田千春展:魂がふるえる」は、10月27日まで開催しています。芸術の秋、皆さんもぜひ鑑賞しに行ってみてはいかがでしょうか?