感染症流行下の観賞記 「オラファー・エリアソン」展 東京都現代美術館

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  • アバター画像   BY  杉本 達應 プログラムが生みだすビジュアルをこよなく愛する、potariの旗振り人。

2020年7月の週末、東京都現代美術館に家族と出かけた。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大で展覧会の中止や延期が相次いでいる。そのため美術館に行くのはじつに数か月ぶりだ。延期になりながらも展覧会を開催してくれたことに感謝したい。この記事では展覧会の内容ではなく、ふだんとちがっていた鑑賞時の体験を記録しておきたい。

オラファー・エリアソン ときに川は橋となる

入館時には体温チェック

わが家から江東区にある東京都現代美術館まで公共交通機関で行くには、新宿か渋谷を経由しなければならない。どちらも感染者数の多いエリアだ。ねんのため感染リスクを避けようと、車をかりて行くことにした。

美術館の駐車場に着くと、入口手前に検問があった。警備員が乗員全員を非接触温度計で体温をチェックする。わたしたちは展示を見るまえにいちど館外に出たため、美術館の入口でふたたび検温を受けた。この美術館では入場者数によっては入場を制限しているという。

「密」な部屋で気になった言葉

展示会場では、一部屋だけ人が密集していた。ここには、展示台にならぶ小さな作品群や、ひとりずつしか体験できない作品があり、それぞれ行列ができている。体験型の作品は、大きな筒に頭を入れてのぞきこむことができる。変わった知覚体験ができるため、だれもがスマホで撮影している。体験時間が長くなれば待ち時間も長くなる。せまい展示室で人と人の距離は近づき、なかなか進まない列に焦れてくる。少しピリっとした空気がただよう。とてもソーシャル・ディスタンスをたもてる余裕はなかった。

この「密」な状況を解消しようと、壁際に立っていた監視員が部屋全体に声をかける。しかしその声は響きわたらない。監視員はマスクにフェイスシールドをつけている。ふだんの美術館でも大声がでることはないが、このご時世で飛沫をだすような大声は控えているのだろう。観客にとどく声をあげるのも大変である。よく聞きとれなかったが、つぎのようなことを言っていた。

「観賞中、撮影中のところ、失礼します。お並びのあいだの距離をとっていただくようにお願いします」

あれ、いま「撮影中」って言った? この展覧会って「撮影会」だったの!? たしかにインスタ映えするような美しい展示作品が多く、多くの観客が作品を背景に自撮りしていた。けれど美術館のスタッフが、観客にむかって「撮影中」お邪魔しますと呼びかけたことにおどろいた。

不安がつきまとう観賞体験

さて、膠着した状態を見かねたのか、あらたな監視員が入ってきて呼びかけがつづく。それでもだれも動こうとしない。部屋のなかがせまく動きようがないのだ。展示室内はかえって「密」になってしまった。混雑した電車内とたいして変わらない。「これはちょっとまずいな」。そう思ったわたしは、作品をじっくり見ることをあきらめ、逃げるようにつぎの展示室へ抜けた。わたしは気にしすぎだろうか。気にしすぎかもしれない。まわりの人の多くはあまり気にしているようには見えない。もしかして自分だけが緊張しているのだろうか。奇妙な気分につつまれた。

美術館は入場制限を準備しているほどなので、観客の密度はコントロールされているのだろう。じっさい館内全体が混雑していたわけではない。それでもわたしは終始そわそわしてしまい、ゆったり観賞することはできなかった。感染リスクを気にしながらの観賞が、美術館での「あたらしい様式」になるのなら厄介だ。これから企画される展覧会では、感染症流行を前提に余裕のある展示にするなど工夫してくれることを期待したい。