独自の視点で佐賀を撮る写真家たちを紹介する連載記事。第1回は、「麦グラファー」の顔を持つ平野はじめ(Hajime Hirano)さんにご登場いただく。
2022年4月29日から5月8日まで岡田三郎助アトリエで『世界初 麦の写真展 〜不思議な麦の物語〜』を開催した平野さん。
「2525link」の屋号で広告写真や舞台写真、建築写真などを撮る、プロのフォトグラファーだ。その一方で、「麦グラファー」を自称し、麦の写真を撮ることをライフワークとしている。佐賀市の南部に広がる麦畑でカメラを構える平野さんに、話をうかがった。
「麦グラファー」としての顔
『世界初 麦の写真展 〜不思議な麦の物語〜』の来場者は10日間で1,000人を超えた。写真展を目的に近畿地方から訪れた人もいた。生産農家も来場した。
この写真展をきっかけに、毎年恒例の麦秋カフェで撮影を依頼された。
現在、佐賀市中心部のトネリコカフェで開催中の『Hajime Hirano麦の写真展』では、岡田三郎助アトリエの展示から厳選した写真を公開している(6月10日まで)。
麦グラファーとしての活動は、確実に広がっている。
「なぜ、麦なの?」と疑問に感じつつ来場した人も、麦の美しさに納得して帰る。
確かに、作品を通じて触れる麦は美しい。それにしても、麦を撮り始めるきっかけとは何だったのか。
20代はデザイナーとしてDTPなどを手がけていた平野さんは、渡米をきっかけに写真にのめり込んだ。帰国した平野さんを待っていたのが、ふるさと佐賀の麦畑だった。なんのおもしろみもないと感じていた風景に、初めて美しさを発見した。
「写真撮影において私はラインを意識していて、麦の並びに最初は魅せられたんです。そこから、さまざまなパターンの麦撮影が始まりました」。
麦の撮影は、主役探しから始まる。
「麦にもイケメンや美女がいるんです」。
ポイントのひとつが、ノギ。麦の実(種)を観察すると、先端に長いとげ状の毛のようなものが伸びているのがわかる。これがノギだ。ノギが際立っているもの、しなやかに伸びているものが主役となる麦だという。
全体の形や色も重要だ。遠くから見たらどれも同じように見える麦も、実は色の濃淡や艶っぽさが一本一本違う。生命力にあふれた麦かどうか。それが一番の基準だ。
広域を撮るときは、ドローンも利用する。ラインを重視する姿勢はドローン撮影でも同じだ。
他のフォトグラファーに構図を疑問視されることがある。
「麦畑の写真を、上半分が空・下半分が麦という具合に5割ずつの割合で私は撮ります。『7、8割が麦畑。空は残りの2、3割におさめるのがふつうじゃない?』といわれます」。
この構図には理由がある。
ちょうど中心にラインをとるからこそ、見る者は奥行きを感じる。バランスも良い。そして、「空があっての麦」という思いが、そこには反映されている。空から降り注ぐ太陽の光があるから、麦は育つ。それを伝えるために上半分は空を写す。
自分の美意識に忠実である一方、麦の知識を得ることにも力を入れている。生産農家との会話から吸収することも多い。畑での撮影を相談に行く際は、さまざまな質問をぶつける。品種や原料、刈り取られた後はどこに行って、何に利用されるのか。質問される側は、平野さんが麦に詳しいことに驚く。「あんた、新聞社の人ね?」と呆れられることもあるという。
「撮るからには、麦をもっと知りたい。麦を撮った作品を通して感じてほしいのは、麦の美しさだけじゃありません。人々の暮らしを支えている麦という存在、その大切さを感じてほしい」。
麦グラファーとしてこれから挑戦したいことを尋ねた。
「佐賀の麦を撮って5、6年たつので、日本各地、世界各地の麦を撮りたいという希望があります。例えばアメリカとか、気候が日本と違うし、そもそも土地が広いから、日本とまったく違う麦畑の風景がある」。
新型コロナウィルスとの共生が進む社会。平野さんが世界の麦畑を撮る未来は、意外と近いのかもしれない。
ただ撮るのでは作品にならない。美しいだけではつまらない。
「2525link」を立ち上げる前は、クラシックバレエを中心に舞台撮影の経験を重ねた。現在は、フォトグラファー・写真撮影の講師・デザイナーとして活躍している。昨年はビデオグラファーとして始動。バンドマンの経験を活かし、音と映像の可能性を追求した作品を生み出している。
平野さんは、株式会社シナプス(福岡市中央区)所属のモデルという顔も持つ。昨年は、ロート製薬株式会社のメンソレータムのCMに出演した。
モデルとして活動する背景には、モデルの気持ちがわからなければ撮影できないという、フォトグラファーとしての信念がある。自分がモデルを経験することで、表情やポージングなどを初めて理解できるという。
人物や建築を撮った作品はエッジが効いている。ポップ。クール。そう形容できるときもあれば、美しさの中に一滴の毒を感じることもある。光に影が寄り添うように、美しさと隣り合わせで揺らいでいる、なにものかの気配。
「私は仕事でも、『ふつうじゃないほう』を依頼されることが多い。麦もそうだけれど、日常を非日常に変換することを意識して、写真や動画を撮影しています」。
動画撮影の依頼も増えてきた。依頼主が求めるのは平野さんの個性だ。
個性を貫く一方で、共感してもらうことは重視している。共感の広がりを実感したのが『世界初 麦の写真展 〜不思議な麦の物語〜』であり、『Hajime Hirano麦の写真展』だった。
「共感してもらうことはやっぱり意識して、あえて麦秋の時期に『世界初 麦の写真展』を開催したんです。本当は、時間が許す限り麦を撮って回りたいんですけどね」と笑う。
人と人とのつながりを大切にしたいという平野さん。人と一緒に活動すること、人と人とをつなげる橋渡しの役割をになうことに関心がある。
「後々まで残る仕事をしたい」という平野さんのことばに、いろんなジャンルで撮ってきた自負が見える。平野さんという個性を磁場に、人と人がつながり、共感の輪は広まっていくだろう。
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■福岡・佐賀 を中心として活動している出張カメラマン フォトアーティスト 2525link Haji / SAGAJAPAN PhotoArtist
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