ホルテンジエの小さな展示会「半透明の森」が、佐賀市松原の「ある晴れた日に」で開催されている。展示会のタイトルどおり、半透明のガラスを素材としたブローチやイヤリングが会場に並ぶ。光を内包し、優しい表情をたたえているのが印象的だ。
パート・ド・ヴェールという技法でアクセサリーを制作する山本佳代さんにお話をうかがった。
ホルテンジエとはチェコ語でアジサイのこと。山本さんは大好きなアジサイをはじめ、植物をモチーフに数多くのアクセサリーを作ってきた。
アジサイの他にも、展示会の開催にあたって山本さんが大切にしたイメージがひとつある。山登りを楽しんでいたある日のこと。ごく短いあいだ雨にあった。雨があがると、葉っぱにのった水滴が光を反射してきらめいていた。その日いちばん印象的な光景だった。
6月の展示ということもあって、雨や光・森の緑を半透明のガラスに投影させたいと願って、制作を進めた。
ガラス工芸といえば吹きガラスやステンドグラスを浮かべる人が多いが、パート・ド・ヴェールによる制作過程は大きく異なる。耐火石膏で作った型にガラス粉を詰めたものを焼成するのだ。少し詳しく説明すると、以下のとおり。
まず、粘土で原型を作る。細かい模様はヘラなどを用いる。
次に、原型を並べた容器に石膏を流し入れ、型をとる。石膏が固まったら、粘土を取り除く。
石膏の型にガラス粉をつめていく。粒の大きいガラス粉を使えば透明に仕上がり、粒の小さいガラス粉を使うと、空気の泡を含みやすいために不透明になる。この特性を生かし、透明度の異なるいくつかの層をつくる。ガラスの色味も層によって使い分ける。
ガラス粉をつめ終えたら、電気炉で9時間ほどかけ、800度まで上げて焼成する。焼き上がったものは1日半かけて冷ます。
冷めた状態で、型を割って作品を取り出す。こびりついた石膏を落としたら、バリをとるため研磨していく。側面はガラスの層が見えるようになるまで磨く。
手間と時間のかかる技法を選んだのはなぜだろう。
「半透明で、光が内包されるものが昔から好きでした」と山本さんはいう。幼い頃からせっけんやろうそくに美しさを感じて集めていた。半透明のものは光にかざすごとに表情を変え、眺めるほどにわくわくした。
大学で工芸学科に通っていた山本さんは、ガラスの技法をひととおり学んだ。3年生になって技法を選択するとき、粘土で立体をつくる・色をつめる・石膏から割り出す・磨くといったひとつひとつの工程が好きなパート・ド・ヴェールを選んだ。大がかりな設備が必要ない点も、制作をずっと続ける上で魅力だった。
材料の分量などはノートに記録しているが、仕上がりが100%予測できるわけではない。「どうできあがるか予測がつかない部分が楽しみ。何年続けていても、とり出す過程では驚きがあります」。
もともと自然のものが好きだが、最近は「自然物に近いものを作りたい」という思いが強くなっている。佐賀市白山の龍造寺八幡宮で恒例の「佐賀城下楠の杜手づくり市」に出品した際、「これは石?」と尋ねられて、不思議とうれしい気持ちになった。
会話も喜びのひとつだ。通りかかった夫婦のうち妻は関心を示しても、夫のほうは「アクセサリーなんて自分はわからない」という顔をしている。ものづくりの過程を説明し始めると、夫も俄然興味を示す。そういうことがよくあるという。
制作においては、ガラスの素材を生かすことをいつも第一に考えている。素材を生かすとは、「制作過程で少しずつ自分の手から離れていく感覚」だという。このことばを正しく理解することは難しいが、ガラスという素材と向き合う山本さんの誠実さ・謙虚さが伝わってくる。「ガラスを使いこなす」とか「ガラスをうまく飼いならす」といった態度とはもっとも遠いところにあることばだといえる。
料理で例えれば、調味料の味に仕上げるのでなく、野菜そのもののおいしさを生かしたひと皿。それが山本さんの目指すものづくりだ。
もうひとつ大切にしているのが、幼い頃にガラスをのぞきこんだ時間、せっけんやろうそくを集めた時間に感じた、山本さん自身の楽しい気持ち・わくわくした気持ちを、相手に届けること。
「『ある晴れた日に』を運営するお二人も展示すること自体を楽しんで下さっています。私たちの楽しさがお客様にも伝わったら」。
「ある晴れた日に」は服飾を販売するだけのお店ではなく、ワークショップ開催などを通じて暮らす楽しさやていねいなものづくりを紹介し発信する場でもある。ビル2階にある店舗は驚くほど明るく、広々としている。会場を訪れて空間と作品の調和を感じ、ものを通じて暮らしの心地よさが深まるイメージを、ぜひ共有してほしい。