まちの中に潜む芸術?『超芸術トマソン』

みなさんは街の中で、届くはずのない場所にある扉や、登った先に何もない階段、建物の跡が残っている壁など見かけたことはありませんか?実は、いま例に挙げたようなものには名前がついています。
今回は、そのような街中の不思議な存在について分析し掘り下げている書籍『超芸術トマソン』(ちくま文庫)を紹介します。

「超芸術トマソン」とは?
そもそも、超芸術トマソンって何?と思う方がほとんどだと思います。この言葉をつくり意味を与えたのが、本書の著者である、前衛美術家として活動した赤瀬川原平です。

トマソンの概念が生まれるきっかけになったのが、著者が四谷を歩いていた時に見つけたとある階段です。その階段は、上った先にドアなど何もなく、そのまま下る階段が続いているだけのものでした。その階段を発見した著者は
「こういう用途のないものを階段といえるでしょうか。いえませんね。これはもう階段の形をした芸術というほかはない
と述べています。著者はこの階段のほかにも、使われていないのに駅に残っている「無用窓口」、通り抜けのできない「無用門」など、似たような性質のものを見つけていきます。

複数の事例が集まり、これまで見つけたものを「いや芸術というより、芸術をも超えているような⋯⋯」と考え「超芸術」という単語にたどり着きます。しかし、「超芸術というのは言葉として広すぎて、芸術を超えるものはすべてこの言葉の中に含まれてしまう」という懸念から、「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」と定義し、その名を「トマソン」と名づけたのでした。

では、「トマソン」という単語はどこからきたのでしょうか?その由来となったのが、1982年当時ジャイアンツ所属のプロ野球選手であったゲーリー・トマソン選手の名前です。選手と芸術の関連性はなく、四番バッターでありながらもチームに貢献することなく終わった存在を、著者が街中の無用物に重ね合わたのです。斬新なネーミングセンスですね⋯!

本書は著者が実際に見つけたトマソンが、写真やイラストで掲載されています。

佐賀でみつけたトマソンとその分類
著者が1982年に雑誌『写真時代』にて、トマソンに関する連載を始めたことをきっかけに、トマソンの概念は広く多くの人に知られるようなりました。連載では見つけたトマソンの分析をはじめ、自身の教え子や雑誌の読者からトマソンの写真と「報告文」と共に各地のトマソンを募集し、写真とあわせて分析・解説を行っています。

本書はその連載のをまとめたもので、各地から集まった数々の写真と報告文が掲載されており、当時の熱量がとても伝わっきます。面白いところは、著者も送る人もものすごく真面目に、トマソンを記録し、分析していることです。
せっかくなので、私が佐賀でみつけたトマソンを本書でカテゴリー分けされている「トマソンの分類」と共に雑誌の読者が送っていたように報告文の形で紹介してみます。



写真❶
撮影日:2021年9月23日(木)
撮影場所:佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿
住宅街を抜けて、塩田川の近くを歩いていた時に撮影した写真です。頭上に白いドアを見つけました。

このトマソンは、本書によると「高所タイプ」に分類されるものです。建物の2階部分の壁に、ドアのみが取り残されたまま存在しています。皆さんの中にも、これまでに「高所タイプ」のドアを見つけたことがある方もいるのではないでしょうか?

ドアの下の部分には、白い庇(ひさし)のようなものも残っています。元々は外階段がついていたのかもしれません。
「高所タイプ」のトマソンを見ると、うっかり建物の中からドアを開けて前へと踏み出すのを想像してヒヤッとしてしまいます。かつては日常的に開け閉めしていた人がいて、そういう想像をすると、ちょっと不思議な、不気味な感じもしてきます。

続いては、佐賀市で見つけたトマソンを紹介します。

写真
撮影日:2022年10月15日(土)
撮影場所:佐賀県佐賀市呉服元町
佐賀市にある656広場の通り過ぎたところにある、旧佐賀銀行呉服元町支店で撮影した写真です。

「無用階段」に分類されるこのトマソンは、階段を登った先は行き止まりになっていて、本来の階段としての機能はありません。元々は建物への入り口などがあったのでしょうか。すごくしっかりした造りの建物にみえます。
よく見てみると、階段を登ったところにある何も書かれていない白い看板や、それを照らすためのライトも、それぞれ必要がないのに存在してるのがわかります。ひとつの場所に3つもトマソンがありました!

上記の2種類以外にも、建物の壁にみられる「影タイプ」、窓や出入り口がないところに存在する「無用庇」などさまざま。今回、上記のような報告文の形で紹介してみてわかったことは、当時トマソンを見つけ、記録していた著者や投稿者の熱心さです。

私がスマートフォンを使って撮影した写真のデータは、撮影した日付や時間、場所も同時に記録してくれています。だからこそ、数年前の写真もこうして詳細とともに紹介することができました。
しかし、雑誌に掲載されている当時はもちろんスマートフォンはなく、私たちのように常に手元にカメラがあるような環境ではなかったはずです。写真を撮ることが好きか、よほど意図して持ち歩かなければ、ふと見つけた場所で撮影し、その場所の状況をメモすることもできないのかなと思います。それを考えると、多くの人が気にとめないものをふと見つけては、撮影・記録していた人々のまめな行動が、愛おしくさえ感じます。

トマソンのあり方
著者も本書で触れているのですが、トマソンはいつ無くなるかわからない存在です。本来あるものが役割をなくし、経年して以前の機能を失ったまま存在しているものなので、いつでも処分されたり、取り壊されたりする可能性があります。古い建物やしばらく使われていない建物などは、解体・処分するのが大変だったりお金がかかったりで、必要性がないもののそのまま放置されて残っているものがほとんどだと思われます。
時期がくれば、「先週まであったのに無くなってる!」ということもあるかもしれません。そうなるとなおさら、見つけるとつい、写真を撮っておきたくなりますね。

また、本書では海外の例も紹介されています。海外の人にはトマソン概念は通じるのでしょうか?各国の言語の中にトマソンを意味する言葉は存在しているでしょうか?もし私が海外の方にトマソンについて説明することになったとしても、うまく伝えられる自信はありません⋯!トマソンを意味する言葉はなくとも、高いところに取り残されたドアや壁に残った建物の後を見て「なんか気になるな〜」と思っている人は、世界にたくさんいるのではないかなと思います。

トマソンという概念を知ってからは、街のあらゆるところに潜むトマソンを見逃せなくなってきます。ぜひみなさんも本書を手に取って、トマソンの面白さにふれてみてはいかがでしょうか?