東京―有田―スコットランドをつなぐAIRって何だ?
2019年2月16日、佐賀県有田町の2016/ SHOPで、トークイベント「Design Culture − Japan & Scotland − デザインが作用するとき」が開催された。このイベントでは、2019年1月から3月にかけて行われた、東京―有田―スコットランドの3つの場所をつなぐアーティスト・イン・レジデンスプログラム(以下AIR)の成果が共有された。
このプログラムは、東京のNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]が企画し、有田町でAIRを行うCreative Residency Aritaと、スコットランドのグラスゴー郊外にあるレジデンス機関Cove Parkと協働して実施した。スコットランドから、Stacey Hunter(ステイシー・ハンター)とFlorence Dwyer(フローレンス・ドワイヤー)が、リサーチと創作活動のために招聘された。ステイシー・ハンターは、同地のデザインカルチャーを世界に発信するデザイン・キュレーター。フローレンス・ドワイヤーは、日々の暮らしで使われるオブジェクトが持つ歴史や記憶に着目しているアーティストだ。
トークは、ステイシー・ハンター、有田と海外の交流から生まれた「2016/」ブランドマネージャーの陣内裕子、2016/コレクションの製造窯元の一社である宝泉窯の原田元を迎え、陶磁器発祥の地として400年の歴史を持つ有田町でデザインと伝統工芸が交差した時、どのような化学反応が起こるのかが語られた。
地域の可能性を導き出すキーワード「Local Heroes」
はじめに、有田に滞在したステイシー・ハンターより、これまでの活動を聞いた。彼女はスコットランドを拠点にインディペンデント・キュレーター、プロデューサーとして活躍している。「The Six Cities Design Festival」や「£3M national festival of design」など大規模なイベントの企画も行う彼女は、「Local Heroes」を熱心に紹介した。「Local Heroes」とは、2015年にスコットランドで開催された国際的な文化行事「エディンバラ・フェスティバル」を機に、空港内でコンテナ型のショップを一時的に展開したプロジェクトを指す。スコットランド在住9人のデザイナーに、質の高いお土産として手に取ってもらえるプロダクトの制作を依頼した。このお土産は高く評価され、高島屋や伊勢丹から依頼を受け日本で購入できるものもある。全体のコンセプトは、スコットランドの独立運動を機に固定化された価値観を越えて、今浸透しつつある多様な価値観をデザインにも反映させることだと言う。「Local Heroes」を通して、従来のスコットランドが持つロマンティックな懐かしさやノスタルジーに浸ったイメージを再構築し、ローカルなデザインシーンを加速させる燃料を注いだのである。それは、今の彼女の活動意欲にもつながっている。
2016年から始まった「2016/」とは
陶磁器発祥から400年の節目に有田で行われたプロジェクト「2016/」は、世界各国で活躍する8カ国16組のデザイナーとともに誕生した新たな有田焼の陶磁器ブランドである。有田焼とデザイナーの感性や技法を融合することで、新しい有田焼の価値を見出し、現代の生活に合った器のコレクションを展開している。デザイナーが手掛けた有田焼は、トークの会場となった2016/ SHOPに並ぶ。このブランドマネージャーを務める陣内は、有田を訪れたデザイナーたちが、どのような過程を経て制作に至ったのかを話してくれた。彼らのほとんどは特定のアイディアを持たずに来日したが、民家に宿泊しリアルな有田の街を感じながら制作に取り組んだ。プロジェクトに参加した日本人デザイナーの藤城成貴は、色使いに特徴あるデザイナーだ。「有田焼=赤」というイメージを独自の視点と現地でのリサーチで創り上げ、グローバルな目線を大切にしながら、日本人としての価値観や姿勢を組み込むことも重要にしていたと陣内は制作秘話を語った。Christian Haas(クリスチャン・ハース)は、テーブルウェアの制作経験をふまえてフレキシブルに使用できるデザインを模索した。リサーチを重ねた結果、日本人がお茶碗を裏返して棚に片づける姿がインスピレーションの一つとなり、どの角度からも器を楽しめるように幾何学模様を刻んだという。共同で制作した宝泉窯の原田元は、言葉が通じないなかで、従来の焼き物にはないハースの意見を最大限に実現しようと制作技法を模索したことがチャレンジでもあったと語った。協働作業を通して、両者は互いの感性を存分に発揮し、新たな有田焼を創作した。これらの経験が、さらなる有田焼のクリエイションの完成と担い手の育成にも大きな影響を与えるのではないかと、陣内はこれからの展望を語った。
最後に、登壇者全員によるディスカッションが行われた。そのなかで「デザインとは何か」という問いに対し、ハンターは「物事をよりよくしていくこと」とし、それは芸術や工芸にも通じるのではないかと答えた。陣内は「ものに意思を持たせること」と捉えながら、焼き物を見る際には、コンセプトや表現技法などの過程を知る前に、五感をフル稼働させた自分の直感と感性を大切にしてほしいと力強く語った。質疑応答では、ハースの作品説明をしてほしいとの要望に、協働した原田が丁寧に解説するなど、なごやかなムードでトークは終了した。
「デザインが作用する時」とは?
トークを聞き終えて、陣内が「直感や感性に従い焼き物を見る」と話したことが印象に残った。なぜなら、このことはデザインだけではなく、アートと呼ばれるもの全体に通ずることではないかと感じたからである。多くの人は何か分からない問題に直面すると、ついその答えを探し、かつ最短距離で答えに到達しようとする。しかしそうではなく、問題や障害物を、正面、横、後ろ、斜めなどあらゆる角度から回り道をして見ることも大切であり、その見方の一つを提供してくれるのがアートやデザインだと私は考える。現在、各地でアートやデザインは問題解決の一つの手段として扱われている。しかし、手段という場所に行き着く前に、目の前にある「作品」をまじまじと見て、私自身が思ったことに耳を傾けてみる。自身の中で生まれた声こそが、次につながる一つの手段であり、その産声が上がった時にはもうアートやデザインは作用しているのかもしれない。
[トークイベントの情報]
Design Culture − Japan & Scotland − デザインが作用するとき
日時:2019年2月16日(土) 14:30-16:00
会場:2016/ SHOP(佐賀県西松浦郡有田町赤坂 アリタセラ内)
主催: Creative Residency Arita
アーティスト・イン・レジデンスプログラム企画運営:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ、Creative Residency Arita
登壇者:ステイシー・ハンター(デザインキュレーター)、陣内裕子(「2016/」ブランドマネージャー)原田元(「2016/」製造窯元、宝泉窯代表)、石澤依子(Creative Residency Arita)
司会:東海林慎太郎(NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ)
撮影:石丸裕史