佐賀大学芸術地域デザイン学部が企画運営する「SMAART 佐賀モバイル・アカデミー・オブ・アート」は、佐賀および周辺地域のアートマネジメント人材の育成を目指すプロジェクトだ。2017年から3年間にわたって、セミナーや実践活動を展開している。2018年度のプログラムには、来年度本格実施するアーティスト・イン・レジデンスに向けた企画体験実践がある。私は、この実践活動を地域サポーターとともに準備段階から当日まで取材した。
SMAARTは、佐賀ゆかりの禅僧、売茶翁(ばいさおう・江戸中期/1675〜1763)の活動や思想を現代のアートプロジェクトに活かせないか検証している。京都鴨川のほとりで道行く人に煎茶をふるまいながら禅を説いた売茶翁は、当時の一流の文芸人、伊藤若冲や与謝蕪村などから憧れや尊敬を集めていた。
2018年12月に実施する今回の企画の準備は6月から始まった。招聘(しょうへい)された美術ユニットのオレクトロニカ(加藤亮+児玉順平)は、ともに1984生まれで大分県竹田市に在住する。「制作と生活」をテーマに活動し、作品発表以外に空間プロデュースやギャラリー「傾く家」、アートプロジェクト「TAKETA ART CULTURE」の運営も行っている。
彼らがライフワークとして取り組んでいるのが、シリーズ作品《直立の人間》。「行為」を除いた直立の姿勢が、次の動きを想像させる。第三者の関心や干渉によって展開するのだ。観た人が作品を吸収、消化することで、「変化」や「気づき」といった新しい視点や思考へとつなげていく。この作品と今回のプロジェクトには通じるものがあるかもしれない。
オレクトロニカが提案したのは、茶の木屋台「side by side」。路上で茶を売り、コミュニケーションを重ねた売茶翁にちなんでいる。お茶の木を積んだ屋台で、摘みとった茶葉を焙煎、製茶する機能を搭載する。この屋台が街なかを動き回ることで、日常を攪拌し非日常を作り出す。屋台がコミュニケーションを生み、様々な文化活動に連鎖させていくことをねらった。
この提案をもとに、アーティストと地域サポーターが一緒になって、本番に向けミーティングを重ねた。8月の説明会から参加した16人の地域サポーターは、佐賀大学の学生や会社員などで、前年度のSMAART参加者もいる。煎茶の知識のある人、イラストを学んでいる人、カメラが趣味の人、音楽教室を主宰している人など、多彩な顔ぶれが集まった。
サポーターは4つのチームに分かれて準備にあたる。カフェチームは、お客さんにふるまうブレンド茶や提供の仕方を考案する。ドキュメントチームは、茶の木屋台「side by side」をより理解してもらうための配布物を作成する。記録チームは、記録写真を撮影する。そして音楽チームは、客寄せの演奏をし、お客さんや通行人、メンバーを巻き込んだ即興演奏を行う。
オレクトロニカは茶の木屋台を2台つくり、うち1台は地域サポーターが使う。オレクトロニカが担当する屋台で「自家製ほうじ茶を飲む一連の流れ」を体験してもらい、サポーターが担当する屋台で「良質のほうじ茶にいろんなものを合わせたブレンド茶」を提供することになった。オレクトロニカ号が基本編なら、サポーター号は応用編といったところだろうか。
屋台の主役であるお茶の木と、自家製ほうじ茶の茶葉は、嬉野市の佐賀県茶業試験場で調達できた。茶葉は10月の晴天のもと摘んで、オレクトロニカが大分で製茶。屋台に載せるお茶の木は12初旬に掘り起こした。
ミーティングではたくさんのアイデアがでた。カフェチームの場合、飲食の提供に法的な制約があるため、サポーター号のお茶菓子は個別包装にするなど、良いものを提供できるよう知恵をしぼる。提供するブレンド茶は、試飲会を2度開き、いろんなお茶を試作して決めた。ドキュメントチームは、漫画や文章でイベントを分かりやすく伝えるチラシを作成した。留学生のサポーターに広報物の中国語版を作成してもらい、Facebookで公開することに。記録チームは、経過と本番の記録撮影。本番はハッセルブラッドのフィルムカメラで撮る。音楽チームは、コミュニケーションを促す楽器体験の準備にあたる。サポーターたちの得意分野を活かす内容になった。
イベントの舞台は、656広場(むつごろう広場)と白山商店街だ。郊外の大型ショッピングモールに客足を奪われているが、かつては佐賀市の中心的な場所だった。このエリアでは市街地を活性化しようと新しい試みに挑戦しているところが多い。すぐそばに佐賀大学のまちづくりサテライト「ゆっつら〜と館」があり、電気水道が整っているため、楽屋やキッチンの役割を果たすことができる。準備万端だ。
イベントはNHK佐賀の番組で取り上げられることに。お茶の木の掘り起こしや、ミーティングの様子にまで取材が入っている。新聞社の取材も来ていて、なかなかの注目度だ。
本番前に「茶の木屋台を体験した人に何を持ち帰ってもらいたいのか?」と質問してみた。オレクトロニカの児玉さんは、「生活のなかで、何かの衝動を起こしてもらえれば」と語る。佐賀でどんな衝動を起こせるのか、約半年かけて準備した「side by side」がついに始まった。
本番の模様を記録した[後編]につづく。