緊急事態宣言下も開いていたまちの本屋さんで出会った『野中モモの「ZINE」小さなわたしのメディアを作る』を紹介する。何かを作りたくなる楽しい本だ。
本書は、ZINE(ジン)の世界をいろいろな角度から案内している。ここでのジンとは、「個人または少人数の有志が非営利で発行する、自主的な出版物」のことだ。巷ではストリートカルチャー的な販促物やアートブックもジンと称することがある。しかし本書があつかうジンは、それらとは違う「小さなメディア」だという。それぞれ独自の文化をもつミニコミ、同人誌、フリーペーパーなど「商業出版の外側に存在する」活動に連なる個人の自主的な出版活動だ。そこには、「DIYの精神と、気軽に開かれた感じ」があり、「豊かな表現とコニュミケーションの可能性」が見られる。
potariの読者は、穴瀬さんの記事「研修記録をZineでまとめてみた 東京のミュージアム見学」や岩下さんの記事「ローカルメディアの解体!? まちの魅力を伝える地域文化誌」で、ジンにはなじみがあるかもしれない。
本書は3つの章からジンの魅力を伝えている。順に紹介しよう。
1章は、著者の個人的な体験談だ。著者の生い立ちには、切っても切れないジンとの縁をかんじる。小学生のときに学級新聞を作ってくばり、大学生のときには自主制作の個人雑誌『Bewitched!』を創刊する。2007年には自主制作出版物のオンラインショップLilmag(リルマグ)を開店している。
そんな著者が、子どもの頃からさまざまな本や雑誌と出会い、自主出版の世界と親しんでいく様子がくわしく綴られている。登場する雑誌は、『りぼん』、『なかよし』、『Olive』、『ぴあ』など。雑誌の発売日を待ち遠しく感じるのは、団塊ジュニア世代に共通する経験だろう。彼女はそれだけでなく、中高生のときから同人誌即売会やミニシアター、輸入レコード店などに通っていたという。都市部でしかアクセスできない「文化的な豊かさ」に驚きと羨望を感じずにはいられなかった。
つづく2章では、ジンの作り手、通称ZINESTER(ジンスタ)5名と1組へのインタビューと、作者たちによる書き下ろしの原稿が掲載されている。それぞれテイストも違えば、配り方もばらばらだ。共通するのは、誰かに頼まれて作っているのではなく、出したいから出していることだ。商業出版ではありえないような、ささいなことや小さな声もジンにはあらわれている。
さいごの3章では、国内外のジンの現状を伝えている。日本各地で開催されているZINEの集いとイベントの一覧があり、ジンにかかわる実店舗の店主たちによる座談会で海外の事情がわかる。学校や公民館にあるリソグラフ印刷機が、海外では技巧をこらしたジンを刷るために活用されているそうだ。
巻末の参考文献リストには、1990年代からの自主出版にまつわる本が並んでいる。ジンは、著名人がつくったコレクターズアイテムやおしゃれな冊子ではない。著者のジンに対する考え方がこのリストにもあらわれている。
インターネット全盛のいまでも、ジンの文化がおとろえる気配はない。むしろ若い人たちが形のある冊子づくりに魅了されている。そこには、むやみに拡散されない安心さ、評価や利益だけを目的としない活動、肩書きやコネではなく伝えたい内容でつながる会話がある。さまざまな情報が大量にとびかっている現代こそ、ジンのもつ特有の魅力があらためて輝いているのだ。
ジンは、だれでも飛びこんでいける気軽なメディアだ。自分の想いを紙とペンで届けることができ、ネットとはことなる個人間のコミュニケーションを生みだせる。そんな新たな世界への扉をひらいてくれる素敵な一冊だ。